大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和48年(あ)998号 決定 1973年11月15日

本籍

広島市広瀬町一四七番地

住居

熊本市南坪井町七番地 太陽会館内

学生(中央仏教学院)

前広敏皎こと、前広峰稔こと

久本峰稔

昭和二年一二月五日生

本籍

広島市江波東一丁目五五番地の一

住居

同市舟入幸町一二番二三号 河口荘内

会社員

笹木義徳

昭和七年七月一五日生

右久本に対する変造有印私文書行使、詐欺、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反、所得税法違反偽証教唆、右笹木に対する偽証各被告事件について、昭和四八年三月二九日広島高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人久本の弁護人関之、同平野利の上告趣意は、原判決においてなんら法律判断の示されていない事項に関する判例違反の主張および事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であり、被告人笹木の弁護人伊藤仁の上告趣意は、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 藤林益三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)

○昭和四八年(あ)第九九八号

被告人 久本峰稔

弁護人関之、同平野利、の上告趣意(昭和四八年六月一九日付)

第一 上告趣意の要旨

被告人久本峰稔は、所得税法違反、詐欺、銃砲刀剣所持取締法違反、火薬類取締法違反、変造有印私文書行使及び偽証教唆の罪により公訴を提起され、昭和四五年一月二七日広島地方裁判所において、何れも有罪とされ、懲役一年六月罰金三〇〇万円の刑の言渡しを受けたが、被告人は、これを不服とし、同高等裁判所に控訴したところ、同裁判所は、昭和四八年三月二九日右第一審判決を相当とし、控訴を棄却されたのであるが、弁護人は、原判決は、

(1) 第一審判決記載の第一の一の(二)の所得税法違反の事実の認定については、最高裁判所の判例に相反するものがあり、又証拠によらず事実を認定して、判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認をなしたものであり

(2) 右同判決記載の第一の四の変造有印私文書行使の罪の事実の認定には、甚しき審理の不尽があり、その結果、判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認があり

(3) 又本件は、全体として、刑の量定が甚しく不当であつて、とうてい服し難く、ために原判決を破棄しなければ、著しく正義に反するものと認めらるるにより、上告に及んだ次第である。以下右事項の順に従い、その理由を陳述する。

第二 上告趣意各論

(一) 第一審判決記載の第一の一の(二)の所得税法違反の事実について。

(1) この事実は、被告人の昭和四〇年度の所得税額一三二七万二〇〇円の逋脱の認定に関し、右第一(1)に述べた違法があることを主張するものであるが、まず、論述の前提として、被告人の現実の違反行為の態様につき、申し述べることとする。

被告人が、当初より出来得べくんば、所得税を納付せずに済ませたいという逋脱の意図のあつたことは、否定し得ない。しかして、被告人は、その意図の達成の方法として、右昭和四〇年所得税額一三二七万二〇〇円の中の約三分の一は、順次架空名義にて銀行預金として特別に秘匿したのである。被告人は、こうしておけば、発覚の場合も、この部分は秘匿しおわせるものと思つたからである。他の三分の二の部分は、通常の会社経理の手順に従い、保管していて、なんら偽計その他の工作は施していないのである。被告人としては、万一発覚の場合には、この分だけは、申告するという考へであつたのである。以上の事実は、一件記録中の被告人の全供述と証拠により認められるところであり、それが、同人の赤裸の犯罪心理であつたのである。又これは、一般人の極めて自然の心理としても、肯定し得るところである。

このように、この事実において指摘すべきは、この二つの部分は、被告人の犯罪行為として、その犯意において又その行為において、証拠上明瞭に区別し得るものであることである。

(2) 右事実について、弁護人は、その秘匿分については、所得税法第二三八条第一項を、非秘匿分については、同法第二四一条を適用すべきことを主張して来たが(記録二六五八-二六六〇丁)、原審は、これを退けたのである。

この所得税法第二三八条第一項の逋脱罪と、第二四一条の不申告罪との区別については、昭和二四年七月九日最高裁判所第二小法廷、昭和三八年二月一二日同第三小法廷、昭和三八年四月九日第三小法廷の各判例があり、これを受け、昭和四二年二月八日最高裁判所大法廷の判例がある。この判例は、物品税法の逋脱罪に関するものであるが、所得税法の逋脱罪についても言及している。その要旨は、次ぎの通りである。

「前略-所得税、物品税の逋脱罪の構成要件である詐欺その他の不正行為とは、逋脱の意図をもつてその手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるようななんらかの偽計その他の工作を行うことをいうものと解するのを相当とする。」と。

判示されている。即ち所得税法第二三八条第一項の逋脱罪の不正行為とは、逋脱の意図の下に右判示のような、偽計その他の工作をなすことを要件とするものであつて、逋脱の意図はあるも、なんらの右判示に示す工作もせず、単に申告しなかつたことは、右同条には含まれなく、それは、同法第二四一条のいわゆる単純不申告罪に当るのである。このようにこの二つの犯罪は、その構成要件を異にするものである。

この判例の示す右両条についての解釈に従い、素直に被告人の右第二の(一)(1)の事実を判断すれば、秘匿分については、所得税第二三八条第一項を、何等の工作のない非秘匿分については、同法第二四一条を適用すべきは、理の当然のことである。

(3) しかるに原判決は、非秘匿分と、秘匿分とを一体不可分なりとして、包括して所得税法第二三八条第一項に問擬したのである。その判決理由は、次ぎの通りである。

「前略-同被告人が架空名義の預金として秘匿した部分以外の所得についての不申告は、所論にいうような不正行為を伴ない単純な不申告ではなく、右昭和四〇年度の所得金額に対する所得税を免れようとして所得の一部を架空名義の預金として秘匿するなどの不正行為と一連の行為として、右不正行為を利用する意図をもつてなされた計画的不申告であつて、右不正行為と密接不可分な関係にあるものというべく、右不正行為と所得不申告とはこれを所論のようにそれぞれ別個のものとしてとらえるべきではなく、不可分なるものとして包括して考慮すべきものであるから同被告人の右原判決第一の一(二)の所為は、所得の全部につき、所得税法第二三八条第一項にいわゆる偽りその他不正行為により所得税を免れたものといわなければならない。」と。

(4) 弁護人は、右原判決の判示は、右第二の(一)(2)に摘示した最高裁判所の判例に相反し、証拠によらずに事実を認定するとともに、又その理由は極めて不備不明であると思料する。以下これにつき述べることとする。

原判決も客観的には、被告人の所得税逋脱行為の中に、秘匿分と非秘匿分のあることは認めている。問題は異つた構成要件を持つ非秘匿分と秘匿分とを包括して、後者の一罪とした認定の論理にある。

右第二の(一)(3)に摘示した原判決の判示において、秘匿分と非秘匿分とを包括して一罪としたことの理由と判断される点は、「所得の一部を架空名義の預金として秘匿するなどの不正行為と一連の行為として、右不正行為を利用する意図をもつてなされた計画的不申告であつて、右不正行為と密接不可分な関係にあるものというべく」という個所である。

客観的には、構成要件を異にする二つの犯罪が並存しているのである。これを悪質の犯罪に包括して一罪として処断するには、証拠と又法理上十分な説示がなされなければならない。しかるに右判示中の「不正行為と一連の行為」とか、「右不正行為を利用する意図をもつてなされた計画的不申告」とか、又「右不正行為と密接不可分な関係」等の包括一罪を認める表現を見るに、それは凡て抽象的であつて、証拠の如何なる個所によつて、これを認めたか、全く不明であり、裁判所の独断的造語であるとの疑を持たざるを得ない。それぞれ構成要件を異にする非秘匿分と秘匿分とが、如何なる証拠により一連であるのか、全く不明である。特に弁護人が不可解とするのは、右摘示中の「右不正行為を利用する意図……云々」の判示である。被告人は固より、弁護人も、それが何を意味するか、全く理解することを得ない。判決たるには、これを受くる者が、容易に理解し得る文章でなければならないことは一切の前提である。不正行為を利用して他の部分の申告をしないとは、一体如何なることか。如何なる証拠により、これを認めたか。又右摘示の不正行為と密接不可分とは、如何なる意味か。それぞれ構成要件を異にする秘匿分と、非秘匿分とが、如何なる証拠と理由により、密接不可分か。全く解するを得ないのである。弁護人は、原裁判所は、被告人を憎むの余り、単純不申告分も、秘匿分を罪する重き刑により処罰しなければならないとして、強いてこのような抽象的の意味不明の用語を並べ、抱括一罪としたものではないかと疑はざるを得ないのである。

前述の通り法律上は、被告人の秘匿分と非秘匿分における所為は、その犯意において、又行為において全く異るものである。従つて一連でもなく、密接不可分でもない。況や秘匿行為を利用して単純不申告を行うなどということは、被告人の夢想だもしなかつたことである。

このように、右原判決の判示は、全く右第二の(一)(2)に引用した最高裁判所の判例に反するものであるとともに、証拠によらず、右のような抽象的の意味不明の用語を繰り返して、事実の認定をしたものであり、従つて前述の通り理由も極めて不備に止らず意味不明である。秘匿分と非秘匿分とを、併合罪として処断する場合と、両者を抱括し、重き秘匿分の一罪として処断する場合とは、量刑上差異の現わるることは当然である。原則として、前者が被告人にとつては有利である。又第一審弁論にて、弁護人の主張した如く、非秘匿分は、訴因の変更がないから無罪とすべきであるとの主張も成立するのである。(記録二六五八丁-二六六〇丁)被告人の利益と法的正義のため、右の如き原判決は、よろしく破棄されなければならない。

(二) 第一審判決記載の第一の四の変造有印私文書行使の罪について。

(1) これは、右第一(2)に述べた事項であつて、被告人が、西原喜代美名義の変造定期預金証書(以下変造証書と略称する)を斑石猛に交付したことに関するものである。

まず、弁護人は、本件につき、審理不尽として指摘する事態の発生した、原審の審理上の問題点につき説明することとする。

本件においては、第一審判決は、被告人が右変造証書を右斑石に交付したのは、工事代金の支払の担保としてなしたもので、これは、その行使に当ると認定したが、原審も又これを肯定したのである。

ところが、被告人は、当初よりこれを争い、支払いの担保として交付したものではなく、これは、右西原喜代美の被告人に対する三〇〇万円の債券の支払を督促するため、厳封の上一時保管を依頼したものである旨を主張したのである。公訴を提起された六つの犯罪中、被告の終始争つたのは、この事実のみであつて、他は起訴通り認めているのである。しかして、原審の審理の中途において、被告人は、右変造証書を斑石に交付するに当つて作成した、念書なる文書を思い出し、この念書を見れば、自己の主張の真実なることが証明されるから、これを法廷に提出され度いと強く主張して来たのである。もしそうだとすれば、この念書は、本件犯罪の成否乃至は情状に、極めて重大な影響を持つものであることが窺はれるので、弁護人は、極力その所在を調査したところ、次ぎの事実が、判明したのである。

即ちこの念書は、昭和四一年八月二三日本件捜査警察員巡査部長見川茂により、被告人方において押収され(記録二九三二丁)その後昭和四一年二月一日検察庁へ事件送付前に、警察より、被告人方使用人尾田誠なる者に返還されたこととなつているが、その記録は、検察庁への送付の記録には編綴されていないのである。しかして、この尾田への還付証書のコピーが、弁護人等の努力により、広島地方検察庁検務第一課長の保管するところであることが分り、これを一覧し、こゝに初めて、右尾田が、右念書を含む一連の押収書類を、受取つていることとなつていることを知つたのである。

そこで弁護人は、当時早速相被告人笹木義徳と宍戸勝信をして、右尾田に面接質問させたところ、本人は、警察より右の如き書類の返還を受たことはないと、これを否定したのである。(記録三一八五丁)又被告人方にては妻生太子も使用笹木義徳も右尾田より、右押収書類を受取つた事実は、ないのである。(記録三一八三-三一八四丁)

こゝで問題は、被告人のいう念書なる文書が、かつて実在し警察が押収したが、その後全く所在不明であるということである。前述の通り、この念書は、本件犯罪の成否乃至は情状に重大な影響のあることが明であるから、弁護人は、この念書を捜し出し、法廷に提出すること、若しそれが、何人かにより滅失されたものとすれば、その経過を法廷において明にすることが、本件の審理上不可欠のことであることを痛感し、所要の手続をとつたのである。

(2) まず弁護人は、昭和四六年一一月二日右に関し、控訴趣意補充書を提出した。(記録二八六一-二八六五丁)。同書中の陳述は、こゝに採用する。これに続いて、次ぎの通り、証拠調請求書、文書提出命令発布申請書を提出した。

昭和四六年一一月二〇日証拠調請求書(記録二八六七-二八六九丁)

昭和四七年一〇月三日証拠調請求書(記録三一一二-三一一三丁)

昭和四七年一〇月三日附文書提出命令発布申請書(記録三一〇九-三一一〇丁)

右弁護人の請求により、原審は、証人として左記の者を訊問した。

本件捜査警察員 見川茂(記録二八六七丁)

同 土井昭夫(記録三一一二丁)

変造証書受交付者 斑石猛(記録二八六七丁)

念書等押収書類還付受領書名義人 尾田誠(記録二八六七丁)

右立会検事より、関係警察署保管の、念書等押収書類還付請書(尾田誠名義)のペン書きコピー(記録二九五三丁)が提出されたので、弁護人は原本のコピー謄本を請求したところ、その謄本と称するものが提出された。(記録三一七〇丁)

この審理の結果、明になつた事実は、次ぎの通りである。

(イ) 先に弁護人等が一覧した広島表方検察庁検務第一課長の保管する請書コピーと、右立会検事の提出した請書コピー謄本の筆跡とは、全く異るものであること。

(ロ) 証人尾田は、供述の前半においては、念書等を、警察より受取つたことはない旨申述べたが、後半においては、突然木に竹を接いだ如く、これを受取り、右立会検事提出の請書謄本の原本は、自分が書いたものである旨供述し、この前後矛盾した供述は、偽証の疑を持たざるを得ないこと。(記録三一四六-三一六九丁)

(ハ) 念書の所在は、依然不明であること。

このような奇怪の事実に当面し、弁護人は、直ちに右尾田が念書等を交付したとする被告人妻と相被告人笹木の訊問を申請したが、裁判所は、これを却下して、結審したのである。こゝにおいて、弁護人は、昭和四八年二月二七日更に事実の真相を明にするための必要上、弁論再開申請書(記録三一七八-三一八六丁)を提出したが、原審は、三月二日これを却下(記録三一八八丁)し、同月二九日原判決を言渡されたのである。

(3) 弁護人は、右尾田は、前述の通り偽証の疑があるから昭和四八年五月三〇日、これを広島地方検察庁に告発した。もちろん告発は、前述の疑の濃厚の偽証の事実ではあるが、それが発生した背景的事実としては、次ぎの如き疑が持たれるのである。即ち警察は、本件変造証書行使の事実を有罪と認定するについて、右念書の存在が障害となるから、検察庁に送致する前に不明のものとし、これに右尾田が協力したのではないかということである。

(4) 何れにしても、弁護人としては、本件の真相を明にするには、更に多くの点の審理を必要とするものと思料するに、原審は、これを無視し、有罪と断定したことは、審理不尽のそしりを免れず、引いては重大な事実の誤認をなしているものといわざるを得ないのであつて、ここに上告審の最後の御判断をお願いする所以である。

(三) 量刑の不当について。

これは、第一(3)に述べた点であつて、被告人に対する本件実刑の言渡しは、相当重いものであり、執行猶予の恩典に浴し得る十分な理由があるものと思料される。

被告人が公訴を提起された本件六つの犯罪は、もちろんその当時迄の被告人の法的感覚の現われであつて、それは、請浄人夫という社会環境よりスタートとした被告人としては、一時は持つことを避け得なかつた感覚であつたと、見るべきであろう。そして、この六つの犯罪の摘発は、過去の被告人の悪い面の、いわゆる総ざらい的の意味のものであつた。しかしてこれを見るも、被告人は、暴力団とは、敵対抗争こそすれ、その組織と関係したことは、絶対にないのである。右六つの犯罪の中の、銃砲刀剣所持取締違反及び火薬類取締法違反の罪は、この敵対抗争に備へるためのものであつた。又所得税法違反は、清浄業社会の悪風に染まつた結果のもので、この納税、逋脱の社会的悪風よりして、独り被告人をのみ責むることは、酷に過ぎると思われる。被告人は、摘発を受け、本件起訴分の外、従来の凡ての逋脱分を完納し、今後の法遵守を誓つているのである。又詐欺の点は、極めて軽微であり、この被害は、弁償したのである。偽証教唆の点は、原判決が特に摘示する如く、誠に遺憾の行為ではあるが、捜査中に自白したのであつて、当然刑法第一七〇条の考慮を賜つて然るべきである。しかして、右第二(一)及び(二)に述べた如く、所得税法違反及び変造証書行使の罪には、法律上と事実上の問題点があるのである。被告人は、性直情径行、特に官憲に対する反抗意識が強く、ために捜査当局に悪玉視されて居たことは、想像するに難くないところであつて、右第二(二)に述べた如き、捜査上の不可解の事実は、そのために発生したと思料されるのである。

これらは、何れも過去の被告人であつて、被告人は、本件検挙裁判を転機として、根本的に自己を改造するため、年来生家関係より養はれいた払道の修行により、自己を改造するため、初老に近い四六才の年令をもつて、中央仏教学院に入学し、修行したのである。(記録二九三三、二九三四、三〇六一-三〇六七丁) 被告人は、仏教僧侶に生れ変り、今日迄築き上げた広島と熊本における一〇〇人の従業員を擁するレジヤー産業を、正しく社会のために行はんとしているのである。このような被告人に対し、実刑をもつて臨み長期に亘り囹圄に拘束するより、新しい実業人として、社会において自由に活動の場を与えた方が、本人はもとより社会にとつても、有意義であると思料するのである。何卒、右第二の(一)(二)に述べたところを合せて考察賜わり、原判決を破棄賜わるよう切にお願いする次第である。

第三 以上の申し述べた通り、原判決は、まず最高裁判所の判例に相反するものがあつて、これは明に判決に影響を及ぼすものである。

又原判決は、証拠によらず事実を認定したり、審理を尽さずして結審し、ために重大な事実の誤認を来し、これは、明に判決に影響を及ぼすものであり更に全体として刑の量定が甚しく不当であつて、著しく正義に反するものと認められる。

以上の次第であつて、このような多くの重大な瑕疵を含む原判決は、すみやかに破棄せらるべきものと思料する。

○ 昭和四八年(あ)第九九八号

被告人 笹木義徳

弁護人伊藤仁の上告趣意(昭和四八年六月一八日付)

一、被告人に対する第一審判決

被告人笹木は被告人久本からの教唆を受けた結果、昭和四三年三月一二日広島市上八丁堀二番四三号所在の広島地方裁判所法廷において、被告人久本に対する所得税法違反被告事件の証人として宣誓のうえ、そのような事実がないのに、「母がなくなる一五日くらい前に病床で母から久本に二五〇〇万円の貸金があると聞かされ、そのとき母から前広敏皎(久本)名義の借用証書二通を渡された」旨虚偽の証言をして偽証したものであるとし、昭和四五年一〇月二七日懲役四月の実刑に処した。

二、右に対する控訴判決

前記第一審判決の量刑不当に対する控訴判決は「被告人の犯行は、相被告人久本から教唆され、その結果、原審裁判所において、審理中であつた同人に対する所得税法違反被告事件の証人として宣誓のうえ事実無根の虚偽の証言をした事案であり、国家の審判権の適正な運用を阻害する行為であつて、その動機、態様、罪質であること、その他被告人笹木の前科、性行、経歴等に徴すると、同被告人と本件教唆者である相被告人久本との当時の関係(被使用人と雇主との関係)等肯認し得る被告人笹木に有利に斟酌すべき諸事情を充分考慮しても、同被告人の本件偽証の犯行は刑の執行を猶予すべき案件とはとうてい認められず」とし控訴を棄却した。

三、上告理由

被告人の行為が刑法一六九条に該当することは明らかである。しかし刑法一七〇条の法意は誤つた裁判又は懲戒処分が行なわれることをなるべく未然に防止しようとする政策的考慮から出た規定であつて自由を奨励するものである。

当弁護人が控訴趣意書に記載した如く、被告人笹木は昭和三四年頃一年位相被告人久本方で清掃業に従事したばかりでなく、前科の刑をおえ帰つた後昭和四一年一月頃から再び久本に傭われ同人の営むキヤバレー、バー、ダンスホール、パチンコ店の業務に従事し、他面相被告人久本の秘書役的な役目にあつて、高等小学校卒業程度の被告人が当時月給一五万円の大金を支給せられ、病身の妻の他に二児を養つていた。(被告人笹木に対する昭和四三年三月二二日付第一三回公判調書)

いわば被告人は同人に前科のあることを承知のうえで久本に拾われ、高給を得て、妻子の生活を維持することができたものであつて被告人の犯歴、学歴から云つて久本に傭われる他に安定した生活の途なく同人に対する恩義から、また久本の起訴せられた苦境をみて、その言には絶対に服従すべき立場にある。

よつて被告人に対する第一審判示事実のとおり「被告人久本からの教唆を受けた結果」偽証に至つたものであるが、昭和四四年一二月二三日の第一審第二六回の公判において、偽証の起訴事実を認め、自白に至つたものである。

なるほど偽証は国家の審判権の適正な運用を阻害すること勿論であるが、刑法第一七〇条の法意が前記のとおりである以上またその刑の減免は任意的であるとはいえその責任の減少面から、また刑の免除まである規定の趣旨からも被告に対する本件の行為に対しては刑を免除すべきにかゝわらず実刑を容認した原刑決は刑の量定が甚だしく不当であつてこれを破棄しなければ著しく正義に反すると云わなければならない。

右は謄本である。

昭和四八年一〇月一五日

最高裁判所第一小法廷

裁判所書記官 松下好

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